まりなさんからの質問にお答えします。

先生が「暗黒な一点」のために自殺したという解釈では、「明治の精神に殉死する」というのはどのようなことなのでしょうか。同じくその解釈では、乃木大将の殉死は先生の自殺を後押ししていると考えられますか?

河川が氾濫する原因について考えてみましょう。大別すると、

  • 平常の水位に対して堤防の高さが低い(余裕が小さい)。

and/or

  • 大雨によって水位が急上昇する。

の二つになります。「余裕が小さかった」が根底要因、「大雨」が直接要因です。

同様に、ある種のガソリン火災の原因も、

  • 根底要因:ガソリンが漏れて気化していた。

and/or

  • 直接要因:静電気で火花が起きた。

の二つに分解できます。

犯罪、離婚、自殺など人間が一線を越えるのも、根底要因と直接要因が重なった結果です。

Kの場合、根底には「自分の限界を悟る/人生に行き詰る」があり、それに強烈な孤独感(←先生が婚約を黙っていた)が重なったことで自殺を決行します。

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乃木大将の場合、根底に「死のう死のう」の思いがあったところに明治天皇が崩御したことで自殺を決行します。

[下・五十六]

私は新聞で乃木大将の死ぬ前に書き残して行ったものを読みました。西南戦争の時敵に旗を奪られて以来、申し訳のために死のう死のうと思って、つい今日まで生きていたという意味の句を見た時、私は思わず指を折って、乃木さんが死ぬ覚悟をしながら生きながらえて来た年月を勘定して見ました。西南戦争は明治十年ですから、明治四十五年までには三十五年の距離があります。乃木さんはこの三十五年の間死のう死のうと思って、死ぬ機会を待っていたらしいのです。私はそういう人に取って、生きていた三十五年が苦しいか、また刀を腹へ突き立てた一刹那が苦しいか、どっちが苦しいだろうと考えました。

それから二、三日して、私はとうとう自殺する決心をしたのです。

先生は乃木大将の殉死から「死のう死のうと思って生き続けるほうが自殺するよりも苦しい」ことに気付きます。これが「暗黒な一点」が原因の自殺願望と重なったことで自殺が決行されます。有名人の自殺報道に影響されたので、いわゆる模倣自殺(copycat suicide)、ヴェルテル効果になります。

ウェルテル効果 - Wikipedia

漱石が『文学論』の冒頭に

不幸にして余の文学論は十年計画にて企てられたる大事業の上、重に心理学社会学の方面より根本的に文学の活動力を論じるが主意なれば、学生諸子に向って講ずべきほど体を具せず。

と書いたように、漱石作品の登場人物の言動は心理学に裏付けられたものです。

「明治の精神」の意味については下の記事を参考にしてください。

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