多くの高校教科書には、物語の山場である[下]の

  • (三十六)Kがお嬢さんに恋していることを私に自白(告白)する。
  • (四十一)私はKに恋を断念させるために「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」と言い放つ。
  • (四十五)私は奥さんにお嬢さんとの結婚を認めてもらう。
  • (四十八)私とお嬢さんが結婚することを奥さんに知らされたKは突然自殺する。

の部分が掲載されていますが、最大のポイントは、私([上][中]では語り手の「私」から「先生」と呼ばれる人物)の親友に対する異常な執着と攻撃性です。

[下・三十七]

しまいに私は凝としておられなくなりました。無理に凝としていれば、Kの部屋へ飛び込みたくなるのです。私は仕方なしに立って縁側へ出ました。そこから茶の間へ来て、何という目的もなく、鉄瓶の湯を湯呑に注で一杯呑みました。それから玄関へ出ました。私はわざとKの室を回避するようにして、こんな風に自分を往来の真中に見出したのです。私には無論どこへ行くという的もありません。ただ凝としていられないだけでした。それで方角も何も構わずに、正月の町を、むやみに歩き廻ったのです。私の頭はいくら歩いてもKの事でいっぱいになっていました。私もKを振い落す気で歩き廻る訳ではなかったのです。むしろ自分から進んで彼の姿を咀嚼しながらうろついていたのです。

[下]三十七~四十四における単語の出現回数は「K」が100回、「お嬢さん」は16回。

[下・四十一]

私はまず「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」といい放ちました。これは二人で房州を旅行している際、Kが私に向って使った言葉です。私は彼の使った通りを、彼と同じような口調で、再び彼に投げ返したのです。しかし決して復讐ではありません。私は復讐以上に残酷な意味をもっていたという事を自白します。私はその一言でKの前に横たわる恋の行手を塞ごうとしたのです。

[下・四十二]

私はその時彼に向って残酷な答を与えたのです。狼が隙を見て羊の咽喉笛へ食い付くように。

その心理の解読には、私、K、お嬢さんの三人の関係性を理解することが不可欠ですが、注意しなければならないのは、約十年後の告白にあるように、当時の私が自分の本当の心を自覚していなかったことです。

[上・十四]

「私は私自身さえ信用していないのです。つまり自分で自分が信用できないから、人も信用できないようになっているのです。自分を呪うより外に仕方がないのです」

「そうむずかしく考えれば、誰だって確かなものはないでしょう」

「いや考えたんじゃない。やったんです。やった後で驚いたんです。そうして非常に怖くなったんです」

[上][中]の「私」の証言にもあるように、私(先生)の恋愛には二面性があります。私を突き動かしていたのは「」の愛情ではなく、無意識に潜んでいた「」の嫉妬だったということです。

[上・十二]

先生と知り合いになってから先生の亡くなるまでに、私はずいぶん色々の問題で先生の思想や情操に触れてみたが、結婚当時の状況については、ほとんど何ものも聞き得なかった。私は時によると、それを善意に解釈してもみた。年輩の先生の事だから、艶めかしい回想などを若いものに聞かせるのはわざと慎んでいるのだろうと思った。時によると、またそれを悪くも取った。先生に限らず、奥さんに限らず、二人とも私に比べると、一時代前の因襲のうちに成人したために、そういう艶っぽい問題になると、正直に自分を開放するだけの勇気がないのだろうと考えた。もっともどちらも推測に過ぎなかった。そうしてどちらの推測の裏にも、二人の結婚の奥に横たわる花やかなロマンスの存在を仮定していた。

私の仮定ははたして誤らなかった。けれども私はただ恋の半面だけを想像に描き得たに過ぎなかった。先生は美しい恋愛に、恐ろしい悲劇を持っていた。そうしてその悲劇のどんなに先生にとって見惨なものであるかは相手の奥さんにまるで知れていなかった。奥さんは今でもそれを知らずにいる。先生はそれを奥さんに隠して死んだ。先生は奥さんの幸福を破壊する前に、まず自分の生命を破壊してしまった。

私は今この悲劇について何事も語らない。その悲劇のためにむしろ生れ出たともいえる二人の恋愛については、先刻いった通りであった。二人とも私にはほとんど何も話してくれなかった。奥さんは慎みのために、先生はまたそれ以上の深い理由のために。

[下・三十四]

これは余事ですが、こういう嫉妬愛の半面じゃないでしょうか。私は結婚してから、この感情がだんだん薄らいで行くのを自覚しました。その代り愛情の方も決して元のように猛烈ではないのです。

そこで、私の本当の心を見抜くために、次のことを念頭に置いて読んでください。

A・B・Cの三人がいます。

  1. BがCを好きになる。
  2. そのことをAが知る。
  3. AはBに恋を断念させようとする。

このAの行動には二つの解釈が可能です。

  • AもCを好きである(A→C←B):恋敵
  • AはBが好きである(A→B→C):嫉妬

『冬のソナタ』ではそれぞれ

  • サンヒョク→ユジン←チュンサン
  • チェリン→チュンサン→ユジン

ですが、『こころ』の三角関係はどちらでしょうか?

[下・二十七]

私はただでさえKと宅のものが段々親しくなって行くのを見ているのが、余り好い心持ではなかったのです。

[下・二十八]

けれども彼の安心がもしお嬢さんに対してであるとすれば、私は決して彼を許す事ができなくなるのです。不思議にも彼は私のお嬢さんを愛している素振に全く気が付いていないように見えました。

[下・二十九]

私にいわせると、彼の心臓の周囲は黒い漆で重く塗り固められたのも同然でした。私の注ぎ懸けようとする血潮は、一滴もその心臓の中へは入らないで、悉く弾き返されてしまうのです。

[下・三十四]

はたしてお嬢さんが私よりもKに心を傾けているならば、この恋は口へいい出す価値のないものと私は決心していたのです。恥を掻かせられるのが辛いなどというのとは少し訳が違います。こっちでいくら思っても、向うが内心他の人に愛の眼を注いでいるならば、私はそんな女といっしょになるのは厭なのです。

恋愛の神聖)と性欲)は誰が対象だったのでしょうか?

  • 愛の高い端(神聖):お嬢さん
  • 愛の低い端(性欲):

[下・十四]

それほど女を見縊っていた私が、またどうしてもお嬢さんを見縊る事ができなかったのです。私の理屈はその人の前に全く用を為さないほど動きませんでした。私はその人に対して、ほとんど信仰に近い愛をもっていたのです。私が宗教だけに用いるこの言葉を、若い女に応用するのを見て、あなたは変に思うかも知れませんが、私は今でも固く信じているのです。本当の愛は宗教心とそう違ったものでないという事を固く信じているのです。私はお嬢さんの顔を見るたびに、自分が美しくなるような心持がしました。お嬢さんの事を考えると、気高い気分がすぐ自分に乗り移って来るように思いました。もし愛という不可思議なものに両端があって、その高い端には神聖な感じが働いて、低い端には性欲が動いているとすれば、私の愛はたしかにその高い極点を捕まえたものです。私はもとより人間としてを離れる事のできない身体でした。けれどもお嬢さんを見る私の眼や、お嬢さんを考える私の心は、全くの臭いを帯びていませんでした

お嬢さんに対して、の方面から近づく念の萌さなかった私は、その時入らぬ心配だと思いました。

「子供はできっこない」理由は何でしょうか?(答:●e●l●s●)

[上・八]

子供はいつまで経ったってできっこないよ」と先生がいった。

奥さんは黙っていた。「なぜです」と私が代りに聞いた時先生は「天罰だからさ」といって高く笑った。

[上・十]

「私は世の中で女というものをたった一人しか知らない。妻以外の女はほとんど女として私に訴えないのです。

」と言えば冒頭に登場する猿股一つの白人ですが、この二人はどのような関係でしょうか?

[上・二]

私がすぐ先生を見付け出したのは、先生が一人の西洋人を伴れていたからである。

その西洋人優れて白い皮膚の色が、掛茶屋へ入るや否や、すぐ私の注意を惹いた。純粋の日本の浴衣を着ていた彼は、それを床几の上にすぽりと放り出したまま、腕組みをして海の方を向いて立っていた。彼は我々の穿く猿股一つの外何物も肌に着けていなかった。私にはそれが第一不思議だった。私はその二日前に由井が浜まで行って、砂の上にしゃがみながら、長い間西洋人の海へ入る様子を眺めていた。私の尻をおろした所は少し小高い丘の上で、そのすぐ傍がホテルの裏口になっていたので、私の凝としている間に、大分多くの男が塩を浴びに出て来たが、いずれも胴と腕と股は出していなかった。女は殊更を隠しがちであった。大抵は頭に護謨製の頭巾を被って、海老茶や紺や藍の色を波間に浮かしていた。そういう有様を目撃したばかりの私の眼には、猿股一つで済まして皆なの前に立っているこの西洋人がいかにも珍しく見えた。

[上・三]

私はこの間の西洋人の事を聞いてみた。先生は彼の風変りのところや、もう鎌倉にいない事や、色々の話をした末、日本人にさえあまり交際をもたないのに、そういう外国人と近付きになったのは不思議だといったりした。

異性・信仰・神聖・愛情」と「同性・性欲・罪悪・嫉妬

[上・十三]

「あなたは物足りない結果私の所に動いて来たじゃありませんか」

「それはそうかも知れません。しかしそれは恋とは違います」

「恋に上る楷段なんです。異性抱き合う順序として、まず同性の私の所へ動いて来たのです」

「私には二つのものが全く性質を異にしているように思われます」

「いや同じです。私は男としてどうしてもあなたに満足を与えられない人間なのです。それから、ある特別の事情があって、なおさらあなたに満足を与えられないでいるのです。私は実際お気の毒に思っています。あなたが私からよそへ動いて行くのは仕方がない。私はむしろそれを希望しているのです。しかし……」

「君は私がなぜ毎月雑司ヶ谷の墓地に埋っている友人の墓へ参るのか知っていますか」

先生のこの問いは全く突然であった。しかも先生は私がこの問いに対して答えられないという事もよく承知していた。私はしばらく返事をしなかった。すると先生は始めて気が付いたようにこういった。

「また悪い事をいった。焦慮せるのが悪いと思って、説明しようとすると、その説明がまたあなたを焦慮せるような結果になる。どうも仕方がない。この問題はこれで止めましょう。とにかく恋は罪悪ですよ、よござんすか。そうして神聖なものですよ」

私には先生の話がますます解らなくなった。しかし先生はそれぎり恋を口にしなかった。

私(先生)にとって、Kは親友以上の存在だったことを示唆する会話ですが、「親友以上の存在」とは何でしょうか?腐女子には簡単でしょう。

[上・十九]

「先生がまだ大学にいる時分、大変仲の好いお友達が一人あったのよ。その方がちょうど卒業する少し前に死んだんです。急に死んだんです」

奥さんは私の耳に私語くような小さな声で、「実は変死したんです」といった。それは「どうして」と聞き返さずにはいられないようないい方であった。

「それっ切りしかいえないのよ。けれどもその事があってから後なんです。先生の性質が段々変って来たのは。なぜその方が死んだのか、私には解らないの。先生にもおそらく解っていないでしょう。けれどもそれから先生が変って来たと思えば、そう思われない事もないのよ」

「その人の墓ですか、雑司ヶ谷にあるのは」

「それもいわない事になってるからいいません。しかし人間は親友を一人亡くしただけで、そんなに変化できるものでしょうか。私はそれが知りたくって堪らないんです。だからそこを一つあなたに判断して頂きたいと思うの」

私の判断はむしろ否定の方に傾いていた。

執着が憎悪と攻撃に転化する心理

ストーカーの加害者は相手の気持ちを顧みず、相手に対する過度な思いを抱え込んでしまう。

いずれの段階も、加害者は自分では自分の行動を止められない心理状態。

専門機関では、被害者への執着憎悪の感情を取り除き、行動をコントロールできるよう、思考を変える治療を行う。

人にはの要求との疑問とに、圧倒される荷を負わされる青年と云う時期があります。私の心の中では聖書性慾とが激しい争闘をしました。芸術的の衝動は性欲に加担し、道義的の衝動は聖書に加担しました。私の熱情はその間を如何う調和すべきかを知りませんでした。